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ロシア連邦時間

カムチャツカ時間、UTC+12、カムチャツカ地方[1]、チュクチ自治管区マガダン時間、UTC+11、マガダン州、サハ共和国 (東部)ウラジオストク時間、UTC+10、ユダヤ自治州、沿海地方、ハバロフスク地方、サハ共和国 (中部)ヤクーツク時間、UTC+9、アムール州、ザバイカリエ地方[2]、サハ共和国(西部)イルクーツク時間、UTC+8、ブリヤート共和国、イルクーツク州[3]クラスノヤルスク時間、UTC+7、トゥヴァ共和国、ハカス共和国、ケメロ...

坂の上の雲 2-7 「権兵衛のこと」

「権兵衛のこと」・日本海軍と西郷従道と山本権兵衛について日露戦争は誰によって引き起こされたかということを強いて挙げるならば、ロシア八分日本二分、更にいえばそのロシアの内八分のほとんどはニコライ二世だろう、とある。伊藤博文には恐露家というあだ名があった。日本の政治家のほとんども、ロシアと戦って勝てるとは思っていなかった。伊藤は長州の吉田松陰の門人だった。末輩の尊皇攘夷の志士ではあったが幕末の長州騒乱...

坂の上の雲 2-8 「外交」

「外交」日英同盟に関する章。日露戦争に負けた場合、朝鮮がロシア所有になっていたことは疑うべくもなく、日本は国をとられることはなかったであろうにせよ、償金の支払いで産業は昭和中期までは停頓、北海道を取られ、敦賀港と対馬一島は租借地になったに違いない、とある。ロシアの南下政策や極東侵出はヨーロッパ外交界を刺激していたが、日本政権担当者はそこまで敏感ではなかった。英国は「極東の勢力均衡」を図るべく外交手...

坂の上の雲 2-9 「風雲」

「風雲」・広瀬武夫がロシアから帰国する。・秋山好古がロシアに赴く。・秋山真之が常備軍参謀になる。・東郷平八郎が常備軍司令長官になる。海軍少佐広瀬武夫がロシア駐在武官の任を解かれて帰国した。駐在期間は五年に及んだ。広瀬は海軍武官や宮廷婦人から人気があり、アリアズナ・コヴァレフスカヤとは手紙のやりとりも行った。軍港や造船所の見学は、ロシアはその威力を誇示しようとしたのか、断られることがなかった。ペテル...

坂の上の雲 2-10 「開戦へ」

「開戦へ」児玉源太郎が渋沢栄一に会う。明治36年。内閣と軍部は対露戦が避けられないと認識したが、財界は非戦論だった。説得は失敗した。児玉が近藤廉平に会う。説得は失敗したが、近藤に満州朝鮮を見聞するよう懇願した。近藤が現地を見聞し、考えを改める。10月に帰国。近藤が渋沢に会い、現地での見聞を報告する。10月13日、児玉が渋沢に会う。協力を得られることになった。児玉は陸軍中将。明治31年台湾総督、33年から35年ま...

坂の上の雲 2-3 「米西戦争」

「米西戦争」・米西戦争は日露戦争の雛形のようであった(封鎖作戦、要塞攻撃)・小規模艦隊による冒険航海と、巨大組織と組織力との対比・アメリカインディアンの気質と英国の謀略・日露戦争の際に調停役を買ってもらうための米国に対する事前の外交的配慮・新聞記事になるようにするためのパフォーマンス・造船所は戦場さながらだったらしいキューバにはスペインの強大な陸海軍基地があった。キューバは中南米の独立時代から取り...

坂の上の雲 2-2 「渡米」

乃木希典大将「愚将説」を排すhttp://www.hb-arts.co.jp/080710/tyasetsu.htm古川薫 「斜陽に立つ」「渡米」好古は、日清戦争前に、四谷の信濃町十番地に一家をかまえた。母のお貞を呼んだ。愛媛松山の実家は引き払った。旧旗本の佐久間の長女の多美と結婚した、多美は24歳。日清戦争後(下述の諜報課課員の頃)には、真之も芝高輪の車町に家を持った。母のお貞も共に住んだようだ。当時の日本は小国で諸機関も小世帯であって、一...
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